2017年03月08日

マッカーサーのいた部屋

 おまえさん、ダグラス・マッカーサーを知っているか。
 連合国軍総司令部の総帥だ。
 そうそう、GHQってえヤツだよ。
 昭和の人間ならともかく、平成生まれは「それ誰?」っちゅう反応かもな。
 まあ、聞いといても損はないだろよ。
 奴さんは、敗戦後の昭和20年8月、日本に上陸した。
 9月には、第一生命館の社長室にやってきた。
 ああそう、日比谷のあの大きな建物だよ。
 接収って言うんだっけな。
 奴さんが、ここに来るのは仕事のためだけさ。
 普段は、赤坂のアメリカ大使館に住んでいた。
 判を押したように、決まって10時半に車でこの部屋に向かう。
 午後には昼飯を食うため大使館に戻り、ちょびっと昼寝をした後、またこの部屋に来ていた。
 つまり、一日二往復したってわけだ。
 奴さんに、アフターファイブなんて時間はない。
 目がかすんで、時計の針が見づらくなるまで働いたって話だぜ。
 晩飯はどうしたんだろうな。
 しかも、一週間休みなしで、7日間みっちり仕事だってよ。
 月月火水木金金。
 クリスマスも誕生日も関係なかったらしい。
 部下もつき合わされるんだから、たまったもんじゃないな。
 ははは、ブラックだぜ、超ブラック!
 ほれ、これがマッカーサーだ。

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 軍人ってのはカッコいいな。
 奴さんはヨットが好きだったらしいぜ。
 ここに絵が飾ってあるだろ。

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 この床を見てみろよ。

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 寄木細工なんだ。聞いたことあるか。
 壁はくるみの木でできている。
 メイド・イン・USAのくるみさ。
 奴さんは、この机で仕事をした。

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 イスの色がすごいな。年代物ってわかるだろ。
 奴さんのイスはもっとすごい。

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 昔は、この部屋が公開されていて、イスに座ることができたんだ。
 いろんなヤツが座ったおかげで、すっかりこのざまさ。
 机を見てみろよ。
 引き出しがないだろ。
 奴さんは、べらぼうに几帳面な男でな、何でもチャチャッと決めてたらしい。
 即断即決? そうとも言うな。
 優柔不断なヤツに聞かせてやりたいよ。
 この時計も気に入ってたらしい。

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 ん? 奴さんは、いつまでこの部屋にいたのかって?
 昭和27年9月までだ。
 6年以上いたんだな。
 この建物の中で、GHQは日本国憲法の草案を作った。
 もう65年も経ったのか。
 俺も年をとるわけだ。
 おいおい、そんな丁寧に頭を下げるなよ。
 おまえさんも気に入ったか?
 そうか、そりゃよかった。
 また来いよ。

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 「これはしたり〜笹木砂希〜」(エッセイ)
 「うつろひ 〜笹木砂希〜」(日記)
posted by 砂希納言 at 21:20| Comment(2) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先日、彼が最初にGHQを置いた建物を見て来ました。普段はその執務室は公開してないみたいだけど、戦後が始まった場所と考えると感慨深いものがあります。僕は小学生の頃、「戦争を知らない子どもたち」って歌を聞き、歌ったけど、今の子どもたちはこの歌さえ知らないんじゃないのかなぁ。
Posted by 心機朗 at 2017年03月22日 20:40
>心機朗さん

そうなんです。たまたま見せてもらえてうれしかった〜!
子どもの頃は、日本を占領した悪いヤツがマッカーサーなのに、なんで人気があるのか不思議でした。
日本の民主化に大きく貢献したからなんですね。
今の子は、昔の歌をよく知っています。
娘が帰ってきたら、「戦争を知らない子どもたち」を知っているか聞いてみようっと。
あの歌はいいですね。
Posted by 砂希 at 2017年03月23日 20:17
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